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物理”診断テスト”と”運動についての常識概念”


ヘステネスの”運動についての常識概念”

ヘステネスについて

David Hestenes は知る人ぞ知る"geometric algebra"の創始者・提唱者です。
 彼の関心は広範囲で、”哲学的数学者”とも云える人物です。
 彼の論文の殆どは、インターネット上に公開され、誰でも手に入れることが出来ます。

 私は彼の論文を検索していて、自分の関心のある”物理教育”に関する論文があることに気づきました。
 それは
"Common sense concepts about motion(運動についての常識概念)”
 と云う論文で、彼の大学(アリゾナ州立大学)の”物理学部”の学生に対して実施した”診断テスト
 の結果を分析したものです。

 注目すべき論文

私が注目したのは

 @ テストは高度な物理知識を問うものでは無く、計算しないで答えられる初歩的な問題ばか
  りである。


 A この種の論文にありがちな、回答傾向の統計的分析だけに留めずに、テスト後 学生達
   と面接を行い、どんな理由でこの答を選んだか聞き出して
   彼らの生の言葉を本文中に紹介・引用している。


 B 論文の前半で、近代物理学誕生以前の古代・中世の”運動についての学説”を詳しく紹介
   している。


 の諸点です。

 Aは我が国では、時間的余裕がないこともあり、少なくとも”高校物理”では、面接は行われていな
 い。例え実施したとしても、生徒達はシャイで、単に 「分かりません。」 と云う通り一遍の答えが返っ
 てくるだけだろうと思われます。
 その点、間違っているかも知れない理由を堂々と述べるのは、お国がらとは云え興味深く新鮮であ
 る。

 Bの古い既に否定された学説は、大学の物理教育では殆ど触れないので、教師自身知らない者が
 多い。 論文で紹介された学説の要約は貴重である。

 以上の観点から、是非我が国の物理教師にも読んで貰いたいと考え、拙い和訳を試みた次第です。

        論文の和訳(PDF20枚)

物理診断テスト

 
 ところが、上の論文を翻訳した当初、探しても肝心の”診断テスト”の問題自身が見つかりませんでし
 た。 (現在はネット上でも見れるます。)
 後日やっとのこと入手出来たので、さっそく和訳を試みました。

  翻訳したテスト問題はPDF(B4サイズ 5枚)にしてあります。

 理由はテスト問題を翻訳して、実際に日本の高校生にも試してみたかったからです。
それは、中学生ならいざ知らず、大学の”物理学部”の学生とは信じられない返答が載っていたから
です。  本当にそうなのでしょうか?

悲惨な結果が得られる

 早速、私の担当していた3年の少人数クラスで、その”診断テスト”を実施しました。
 よりましな結果を期待したのですが、結果は散々でした
       結果は(PDF B4 1枚)にまとめてあります)

 そのクラスの生徒は1年時に簡単な「力学」の授業を受けていた筈ですが、すっかり忘れていたよう
 です。 ちなみに、そのクラスでは大学の受験科目として、「物理」を選んでいる者はゼロでした。
 その分、生徒の生の”常識概念”がよく現れたのでしょう。(・・教師の言い訳)

 私が特に注目したのは、「力」の概念を問う 問(3)、問(12)、問(16)、問(24)です。
 いずれも正答率が極端に低いことが分かります。

 他の学校ではどうか。 他校の物理の先生・幾人かにお願いして、調べてもらいました。
 結果はまちまちでした。
  さすがに”進学校”といわれる学校では、「受験物理」を叩き込んでいるため、正答率は高かった。

生徒の意外な反応

  さて、この”診断テスト”を実施して、面白いことに気づきました。
 私がテストのデータ処理(マークシート)に手こずって、答案の返却が遅れていると。
 いつもなら、「先生、私は何点やった?」 「僕は何点やった?」
 と結果の点数ばかり聞く生徒達が、
 「先生、あの問題の正解教えて!」 「正解は何になん?」
 と、まるでクイズの答えを聞き出すように尋ねてくるのです。
 答案の返却は、点数を書いた個人票を渡す代わりに、名前を伏せた全員が載った正誤表を一覧表
 にした紙 (PDF参照) を配り、
 「今回は常識テストなので、成績には入れない。 」
 「ただし、この表の名前A、B,C・・のどれが自分か、判った者には平常点をプラスする。」
 と云うと、 皆、問題用紙と首っ引きで調べ始めた。
 教卓の前にいる私のところに、次々やって来て自分のアルファベットを伝え始めた。
 驚いたことに、結局全員自分のアルファベットを言い当てたのです。
 これで、当てずっぽうではなく真剣に考えて選択肢を選んだことが分かりました。

 それでこの散々な結果です。

テスト結果をどう考えるか

 さて、この結果をどのように捉えるかは、難しい問題です。

 ヘステネスはこう述べています。

「 ”常識”として信じていることが確立した科学理論と矛盾している場合、ほとんどの科学者はそれは”誤概念”だと、すぐにレッテルを貼って退けてしまう。
 しかし、学生の方はその信じている”常識”は長い個人的な経験に根ざしているために、簡単に”誤概念”を解くことはできない。
 誤った”常識”はたまたま起こった些細な間違いではない。
 確かに、現在の学生のあいだに見られる運動についての誤解のどれをとってもすべて、ニュートンに先立つ時代において、指導的な知識人達によって真剣に提唱されてきたものである。
 歴史家達はその”常識”についての長く困難な批判や分析が”ニュートン革命”を準備したことを我々に教えてくれている。
もしアリストテレスからガリレオまでの知的巨人にとっても、常識の評価が難しかったとすれば、今のふつうの学生にとってそれが問題であることは少しも驚くべきことではない。
 したがって、常識的に信じていることを教師がまじめに取り扱ってしかるべきである。
 これらを科学的に評価すべきまじめな別の仮説としてみなすべきである。
 こうすることで、単なる教師や教科書の権威を越えて、彼らの信じていることを修正するしっかりした理由を与えることができるだろう。」

 またその論文の始めにこうも述べています。

 「この論文においては、間違った”常識”と調和するかたちで教育デザインするという難しい問題に挑戦はしない。」
  と

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