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慣性力について (標準的な説明)

 
 我々が電車に乗っているときを想像してみよう。
 電車が急ブレーキをかけると車内の乗客は急に前のめりに倒されるような力を感じる。これは、慣性の法則で説明できる。電車が等速直線運動しているときは慣性の法則で静止している場所にいるのと変わらないが、電車がブレーキをかけると、足元の電車の床は減速するが、乗っている乗客は慣性の法則で元と同じ速度で進み続けようとするため、乗客の上体が足元に対し、より前進しようとして前へ倒されるような力を感じる。
 この力は物体の慣性に基づく力なので「慣性力」と呼ばれる。

 同様なことが、止まっている電車が急発進する場合にも起こる。
この場合は、乗客は慣性の法則で静止し続けようとするのに対して、足元の電車の床だけ前に進み、乗客の上体は後ろに取り残されるため、後ろに倒されるような慣性力を感じることになる。
 ブレーキをかける場合は加速の向きは電車の進行方向と逆向き、慣性力の向きは前向きだから、慣性力は加速度と逆向きに生じることになる。
 また急加速の場合は加速度の向きは進行方向、慣性力は後ろ向きとなり、いずれの場合も加速度と逆の向きに慣性力が生じることが分かる。 これらは私達がよく経験する現象ですね。

基準系

 それではこの現象をどのように説明したらよいだろうか。
その前に運動の相対性について考える必要がある。我々が静止していると考えているこの地上は「真に静止」している場所ではない。なぜなら地球は1日1回自転し、また太陽の周りを高速で公転しているのだから。それなら太陽なら静止しているとか言えば、これも銀河系の一恒星にすぎないから銀河中心の周りを回転しているわけで、決して静止している場所とは言えない。またこの銀河系も数多くの島宇宙の1つにすぎないので宇宙の中心ではない。つまり、我々は「真に静止している場所」は知らないのです。
 このことから大胆に、「運動はすべて相対的であり、どこを静止している場所と考えても良い。」と言えるのではないだろうか。本当にそうだろうか。 答えは「否」である。例をあげよう。
 もしどこを静止の基準にとって良いとするなら、仮にこの「私」自身を静止の基準にとったらどうだろうか。
 もし「私」が地上で静止しているか、あるいは等速直線運動している場合は問題はない。しかし「私」が急に加速して走り出したらどうだろう。
 加速しているのは「私」ではない。あくまで「私」が基準であり、静止していると考えるのだから、「地球が私に対して逆向きに加速する」ことになる。この原因は「私」が地面を逆向きに蹴った(「私」は走り出すときにそうした)からである。さてこの基準系でニュートンの運動方程式は成り立つだろうか。

 蹴った力を  とし、加速度を後ろ向きに 、地球の質量を   とすると、当然  f < Ma  (地球の質量  は巨大だから)となり、運動方程式は成立しない。

 つまり、基準は何かに対して静止あるいは等速直線運動している場所に限られるのである。この運動方程式の基準としてとれる場所を「慣性系とよんでいる。「慣性系」に対して加速度運動をしている場所を「加速度系」とよぶことにすればニュートン力学は「加速度系」を基準にできないことになる。

慣性系で考える。

 この慣性力の問題を慣性系で考えてみよう。
 つまり電車内ではなく地上で静止している観測者から見るのである。電車内の物体たとえば車内のつり輪に注目してみよう。急加速中の車内では上述の慣性(まだ曖昧であるが)のためつり皮は図のように後ろに傾く。電車が一定加速度なら、ある程度傾いたところで傾いた状態で安定するだろう。
 つまり、つり輪は電車と共にその一定加速度aで加速するようになるだろう。つり輪の質量を m とすれば、つり輪を加速度  で加速するには f = ma の力が働いていなければならない。
 この力は図のつり皮からの張力  とつり輪に働く重力 mg の合力  であると考えられる。つまり合力 f の値が ma であることが分かる。
 これでめでたし、めでたしである。 しかしこれで諸君は納得するだろうか。
 この議論のどこにも「慣性力」が登場しない。つり輪が傾いたのは、慣性力のせいではなく、うまく前向きに ma の大きさの合力が生まれるように、自ら後ろに傾いたと言うのです。
 「慣性力」が登場するのは、後述の「加速度系」に於いてなのです。

加速度系と慣性力

 先ほどの基準系の議論でニュートン力学は「慣性系」では成立するが、「加速度系」では成り立たないと述べたが、実は「加速度系」でも、ある修正を施せばニュートン力学がちゃんと成立します。それは、通常の力に加えて「慣性力」が働くと考えればよいのです。
 電車内の観測者(=加速度系の観測者)から見ると等加速度運動をしている車内ではつり輪は傾いて静止しているように見えます。つまりつり輪に働く力がつり合っているように見えます。
 どんな力がつり合っているのでしょうか。ここでの議論は素直です。つり輪が後ろに傾いたのは「慣性力」の所為ですから、つり輪の重力 mg 、つり皮からの張力  そして 慣性力 の3力がつりあっているはずです。
この図を先ほどの図と比較すると、慣性力の大きさが ma で加速度と逆向き、つまり慣性力 f’ は
 f’ = −ma   と表されます。
上ではつり輪のみに注目しましたが、同様のことが車内にある質量をもつすべての物体について言えます。結果次のことが一般的に結論されます。
加速度  で加速する加速度系では、すべての質量をもつ物体には  ’ = −ma の慣性力がプラスされる。」という修正を施せば加速度系も慣性系と同じくニュートン力学が成立する

慣性力と等価原理

 加速度系では質量 をもつすべての物体には加速度  と逆向きに ma の大きさの慣性力が働きますが、この力は身近なある力に似ていることに諸君は気がつくでしょうか。
そうです、重力にそっくりです。物体をひもで引っ張れば、ひもが附いている場所に集中して力が働きますし、物体を手で押せば手に接触している部分のみに力が働くのに対して、慣性力は質量をもつ各部分々すべてに万遍なく ma の力(  は各部分の質量)が働くわけで、各部分々に mg の力が働く重力と同じです。
 当然慣性力が働くと重力との合力はあたかも重力が増えたり、減ったり、また向きや大きさが変わったかのように見えます。重力と慣性力は区別出来ません
 これに着目して重力の理論を立てたのが有名なアインシュタイの一般相対性理論で、「重力は局所的には慣性力である」という等価原理を元に時空の幾何学としての重力理論を打ち立てました。
「等価原理とエレベータの仮想実験」についての話は有名ですので省略します。


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