コリオリの力は見かけの力か?
(慣性力対話2)
ホームズ: ワトソン先生、こんにちは。
ワトソン: やあ、ホームズ君。 君の方から、やって来るなんてめずらしいね。そんなに、前の話の続きを聞きたいのかね。
ホームズ: いいえ、そうじゃーなくて、この前の話の途中に出てきた、コリオリの力について、まだよく解らないことがあるので、是非教えて頂こうと思って伺ったのですが。
ワトソン: そうか、コリオリの力についてか。
解らないこととは?
ホームズ: 質問は3つあるのですが。
質問 T
まず、コリオリの力は、「みかけの力」か、それとも、先生の云われる「真の力」である「慣性力」なのか、どちらなのでしょうか。・・
質問 U
次に、コリオリの力の大きさについて、慣性系に対して角速度ωで回転する座標系から見て、速度vで運動する質量mの物体に物体に働くコリオリ力は速度vに比例し、それに垂直に、大きさ 2mωv ということですが、
力の向きは理解できるのですが、なぜその大きさになるのか、直感的に理解しようと、努力したのですが、よく分からないのです。 その半分の mωv なら分かるのですが。・・
ワトソン: ホームズ君がなぜ、そう思うのかは、あとで聞こう。それから?
ホームズ: 次に、
質問 V.
地球上の緯度θでは、コリオリ力に登場する角速度が、自転角速度ωではなく、ωsinθとなることが、まだすっきりとは理解できないのです。
具体的には、フーコの振り子の24時間の振動面の回転角が2πではなく 2πsinθ となる理由を納得できるように教えていただきたいのですが。・・
ワトソン: うん、なるほど。どれもコリオリ力の本質を突くいい質問だ。
コリオリの力の基礎知識
ホームズ君。 まず、君の理解しているコリオリの力とはどんな力か。例を挙げて説明してくれないか。
ホームズ: えーと、慣性系ではなく、地球のように回転運動している場所にいる観測者から眺めると、慣性で運動する物体は真っ直ぐに進むのではなく、みかけ上曲がって運動するように見えます。
例えば、地球の代わりに図1のように、左回りに回転する大きな円盤を考えて、その上の北極点 O に観測者がいるとしましょう。 そこから赤道上の1点 A めがけて、大砲を撃ったとすると、弾は慣性の法則で真っ直ぐ進み、赤道上に落下します。
しかし、その間地球は回転していますから、狙った点 A は左に移動していて、弾丸は赤道上の A 点ではなく、その右にあった点、図の地点 B に落ちるわけです。
これを、地球上にいる観測者から見たみかけの軌道が青色の破線です。 弾丸は真っ直ぐ進まずに、右へそれるような曲線を描いて飛んだように観測されます。
これは、あたかも、物体の速度ベクトルに対して直角な横向き、今の場合は右向きの力が働いたように見えるわけで、このみかけの力が「コリオリの力」です。
ワトソン: うん、なるほど。それじゃ、今の例で、今度は赤道上に大砲をおいて、北極めがけて撃てばどうなるかね。北極は動かないから、弾丸は外れずに北極に命中するはずだが。コリオリの力は働かないのかね。
ホームズ: いいえ、その場合も弾丸は進行方向に対して右へずれます。今度は赤道は左へ運動していますから、大砲を北向きに撃ったつもりでも、東向きの大きな初速度成分をもつわけで、
図2のように慣性系からは赤線、回転系から見ると青線の軌道を描いて北極から外れた位置O’に落下します。
地上の観測者から見ると、この場合もあたかも途中の速度に直角右向きの力が働いたように見えます。
また、図3のような向きに撃っても、合成された初速度を考えると、目標から右へずれた位置に落下することが分かります。赤が慣性系、青が回転系の観測者からみた軌跡です。
ワトソン: なるほど。 しかし、緯度線に平行な場合は、遠心力の影響とも考えられるので、説明は難しくなる。 他の例は?
ホームズ: 大気の動きもそうです。 北半球では、低気圧に吹き込む風は、コリオリの力で進行方向を右に曲げられ、結局、図4のように左巻きの渦になります。
それから先ほどのフーコの振り子の振動面の回転現象もそうです。
ワトソン: 仲々、よく勉強しているね。
コリオリの力は「みかけの力」か?
それじゃ、第Tの質問を考えよう。
ホームズ: 僕は、いずれも、「みかけの力」だと思うのですが。
ワトソン: 前のホームズ君との対話のページを思い出してみよう。
慣性系で外力を受けず慣性運動する物体を、非慣性系(今の場合は回転座標系)の観測者から見たとき、その観測者の解釈上現れる力が「みかけの力」だったね。
大砲が目標から右へずれる現象は、重力中の自由運動を回転系から眺めたにすぎないから、確かに「みかけの力」と考えてよいだろう。
また、フーコの振り子の場合も「みかけの力」だ。
「みかけの力」ではない コリオリ力
しかし、低気圧に吹き込む風が曲げられる現象はそうではない。
例えば、上空を吹く風の場合は地表面との摩擦抵抗を受けないから、気圧の等圧線に平行に吹くいわゆる「地衡風」となる。(図5)
この場合気圧差による力とコリオリ力がつりあって、等圧線に沿って風が吹く。
このとき、気圧差という「外力」 F (これは、現実の力)と「慣性力」である「コリオリ力」がバランスして運動するという「ダランベールの原理」が成り立っていると言える。
( 言い換えると、ニュートンの運動方程式、F−ma=0 : この a が慣性系での真の加速度である 2ωV になっている。)
すなわち、この場合のコリオリ力は「ダランベールの慣性力」、つまり「みかけの力」ではない、わしの云う「真の力」だ。
実際には、この風は低気圧の中心を左に見る向きに、つまりコリオリ力とは逆に、左へ曲がりながら低気圧の周りを循環するので、遠心力も働く。
小型で強力な低気圧である台風の場合には、遠心力の方が卓越している。 コリオリの力は、渦のきっかけをつくる働きをしているが、本質的には、むしろ角運動量保存則と関係している。 このことについては後で述べよう。
ついでに地球規模の「地衡風」について、つけ加えると、外力である気圧差が大きくなれば、バランスするコリオリ力 2mωV も大きくなる。
即ち、2mωは一定だから風速 V が大きくなる。
北半球の高緯度と低緯度の境の上空には東向きの非常に強い「ジェット気流」が吹いているが、 それは図6に示すように対流圏の高さの差によって上空に大きな気圧差が生じていることが原因だ。
このように「コリオリの力」は地球規模の運動を起こす場合が多い。
ホームズ: そうすると、コリオリの力は場合によって、「みかけの力」であったり、「慣性力」(=真の力)であったりするのですね。
ワトソン: そういうことだね。
遠心力の場合
ホームズ: 遠心力の場合も同じことが、つまり場合によって「みかけの力」であったり「真の力」だったりすると言えるのですか。
ワトソン: ウーン、一般的にはそう言えるが、実際のところ、遠心力は、ほとんどの場合、回転系に固定された物体、たとえば回転円盤に固定された物体、あるいはひもにつけられて回転運動する物体の場合が圧倒的に多い。
この円運動を強制させる外力が「向心力」であり、それと「慣性力」である「遠心力」とがバランスして運動している。 すなわち「ダランベールの原理」 すなわち「ニュートンの運動方程式」が成り立っている。
この場合には、「遠心力」は「みかけの力」ではなく、ダランベールの「慣性力」(=真の力)になる。
ただ、慣性系で外力を受けず自由に慣性運動している物体を回転系で眺めた場合に現れる「遠心力」は「みかけの力」といえよう。
しかし、そんな例では、物体が静止して見えるように回転系を選ぶことは不可能だから、回転系からみて物体は速度vを持つので、コリオリ力と混在することになり、問題は複雑だ。
ホームズ: なるほど。そんな場合は、通常、「遠心力」単独の例として取り上げられない訳ですね。
ワトソン: そうだよ。だから、通常、「遠心力」=「慣性力」(=「真の力」)と考えても、そう間違いではない。
回転系(加速度系)と云う罠
そもそも、前ページで述べたように、静止系(慣性系)での円運動という加速度運動に伴って発生する”慣性力”が遠心力であって、回転系という、トリッキーな加速度系に伴う力として議論すべきではない。
うっかりするとトリックの罠にはまるよ。 要注意!要注意!
ホームズ: どう云うことですか???
ワトソン: ちょっと、考えてごらん。 例えば、実際は角速度ωで回転している観測者が、「自分は回転していないで静止している」と考えたとする。
彼には宇宙の方が回転しているように見えるだろう。
ホームズ: ええ、図6(b)のように、全宇宙が彼の周りを逆向きに角速度ωで回転しているように見えるはずですね。
ワトソン: これを、彼は、みかけの遠心力 mrω2 と、みかけのコリオリの力 2mωV が働いたためだと解釈したのが図6(c)だ。
その合力はmrω2 となる。 これが向心力となって、宇宙は彼の周りをωで回転すると云うんだよ。.....
この説明を 真顔で受け取れるかい? ホームズ君。 全く、ばかげた話ではないか
ホームズ: おっしゃる通りです。
ワトソン: 今述べたのは、分かりやすく宇宙を例にあげたが、宇宙ではなく、身近な互いに力を及ぼしていない物体系を回転系から眺めた場合と考えて欲しい。 回転系で現れる遠心力とかコリオリ力は如何に”トリッキー”なものであるか、よく分かるだろう。
実際の加速度運動である円運動で発生する”慣性力である遠心力”と、上の”みかけの力の遠心力”を同列に扱うことはできないことは明白だろう。
ホームズ: 確かに、その通りです。 なるほど、遠心力を回転系(加速度系)で発生する”みかけの力”と考えるのは”罠にはまっている”のだと指摘される意味がよく分かりました。 うーん、恐ろしいことですね。
コリオリの力の 導出法
ワトソン: それじゃ、第Uの質問に移ろう。
コリオリ力の大きさの公式の導き方が分からないのかな。
ホームズ: いいえ、教科書の公式を導く計算を追うことは出来るのですが。・・・それが意味する内容を直観的に理解出来ないのです。
ワトソン: 具体的に説明してくれないか。
ホームズ:
簡単のため、角速度 ω で左向き回転する円盤を考え、円盤と共に運動する観測者から見て、一定速度 V で向きを変えずに、真っ直ぐ進む物体を考えてみます。
例えば、図7のように円盤上に固定した直線レールの上で物体を強制的に一定速度 V で進ませる場合です。
先生、この設定でよいでしょうか?
ワトソン: うん、なるほど、この設定だと、「みかけの力」でない実際に働く力である「慣性力」としての、コリオリ力を調べられる。
ホームズ: これを慣性系でみると、円盤は回転していますから、実際には、この物体の速度ベクトル V は大きさ一定ですが、向きは円盤と同じ角速度 ω で左向きに回転することになります。
ワトソン: それは物体が円盤のどの位置にいても、どの向きにレールを設置しても言えるのかな。
ホームズ: ええ、そうです。円盤上のどの小領域を考えても、皆同じ向きに同じ角回転していると言えます。
つまり、図8のように大円盤が角θ回転すると、どの小領域も同じ角度θひねられる。
言い変えると、小領域の運動を並進と回転に分解した場合、いずれの小領域も回転に関して言えば、同等であり、回転の角速度は等しい。
だから、円盤のどの部分に物体が居ようとも、その位置に無関係に、速度ベクトルの向きは円盤と同じ角速度 ω で向きを変えます。
そこで、物体の加速度はその速度ベクトルの変化のみに注目してそれを時間微分すればよいので、 図9 から V に垂直に a=ωV になります。
つまりコリオリの力は a に物体の質量 m をかけて −mωV となるはずなのですが。・・・実際は −2mωV なんですよね。???
実際の運動
ワトソン: ホームズ君の云うように、円盤上の小領域に注目することが、コリオリの力を考える場合重要だ。 こうすることで、図8のO点に対して相対的位置や相対的な向き(O点に近づくか遠ざかるか等)を考える必要がなくなる。 (図8(b)参照)
しかし、速度空間のベクトル V だけの変化を計算しても良いのかな?
ホームズ: だって、等速円運動の場合の加速度計算も速度ベクトルだけを切り離して、そのベクトルの変化を調べているでしょう? どの位置に居ても、関係ないはずです。
ワトソン: ホームズ君、速度ベクトルは実空間と切り離した抽象的なベクトルではない。実空間の移動ベクトル(の極限値)でもあるんだ。
ホームズ: おっしゃる意味がよく分からないのですが。・・・
ワトソン: よし、具体的に図で説明しよう。(図10)
この図は、君の云う円盤のひねり回転する微小領域を表している。回転円盤から見て、同じ方向に一定速度 V で運動している(つもり)の(赤で示している)物体は、実際には、慣性系から見ると向きも位置も変化している。
図は、時間間隔 Δt 毎の実際の位置(黒丸)とその瞬間のベクトル V ( に Δt を掛けたベクトル)を示している。
ホームズ: あっ、僕の考えたのと全然違うんだ!ベクトル VΔt はつながらない!
ワトソン: そうなんだ。実際の速度ベクトル(×Δt )は黒丸間を結ぶベクトルだ。 ベクトル V は向きを変えるだけではなく、それに垂直な向きに”横流れ”もさせられる。 この2つを合成したのが実際の速度ベクトルだ。
この”横流れ”の量(=赤紫の線分)は図10を見ればわかるように扇型の”末広がり”の如く、段々増加するから、加速度に寄与することになる。
図10の青のベクトルが向きを変えることによる加速度は、ホームズ君の云う通り、図9のように青の速度ベクトルに垂直に 大きさ vω だ。
また、図10の赤紫で示した横流れの加速度は、図9(b)に示すように、やはり vω となる。
これらの加速度の合成したものは、どちらの加速度も、図10の青の速度ベクトルに垂直、すなわち同じ向きだから、
コリオリの加速度は 2vω となる訳だ。この加速度に逆らう慣性力が”コリオリの力”だ
図10で赤紫の円弧が曲がっていること(すなわち、横流れの速度ベクトルの向きが変化すること ) による別の加速度は後で説明するように、円運動の加速度(向心加速度)で、これに逆らう慣性力は”遠心力”になるんだ。
ホームズ: なるほどね。
教科書の解説
ワトソン: これを教科書のコリオリ力の導出法で説明しよう。
ホームズ: それは、有り難いです。
ワトソン: まず図11のように、一般的にある軸の回りを回転運動しているベクトルA の時間変化を考えよう。 角速度ベクトルω は、向きは右ねじを回したときねじが進む向きで、大きさが角速度に等しいベクトルとする。
図から回転系に固定されたベクトルA のdt 秒間の微小変化dA は
大きさ
で、そのdA の向きは、ベクトルω からベクトルA の向きに右ねじをまわしてねじが進む向きとなるから、ベクトルの外積 × を用いて、
これが、回転系で見て変化しないベクトルAを静止系(慣性系)から見たときのAの時間変化率である。
一般に回転系で見てベクトルA が変化する場合は、回転系から見たベクトルの時間変化率(静止系での値と区別のため*を付ける)
を付け加えて、
となる。
ホームズ: ここまでは、分かります。
ワトソン: ホームズ君は、このベクトルA を回転系から見た速度ベクトルV’に置き換えた訳だ。
ホームズ: そうです。回転系からみた V’ の変化はゼロですから、 (3)式の右辺第1項がなくて 、静止系から見た加速度は
となるはずなのですが。・・・
ワトソン: 図11の A は、静止系でも回転系でも同じであるが、 (3)式で、我々が調べたいのは、静止系(慣性系
)での本当の加速度なのだから、A に代入するのは、静止系での本当の速度V すなわち、
でなければならない。
ここでベクトルr’ は、ホームズ君の云う微小領域にある原点(図8のO’点)からの物体までの位置ベクトルと考える。
この第2項目は、わしの云った横流れの速度に相当する。
これを式(3)の A に代入すると、
(4)
ここで、回転の角速度ωを一定とし、また回転系から見た速度ベクトルV’ は一定、つまり
と仮定すると、回転微小領域における物体の加速度は
(5)
ここで、右辺第1項にある
(なぜなら、位置ベクトル r’ は回転系で見て速度V’で変化している。)
だから、結局、右辺第1項と第2項は同じ値になって、
(6)
となる。
これを以前の図10に対応させて説明すれば、
(5)式の第1項は、図10の「横流れ」(紫のベクトル)の加速度に対応し、
第2項は図10の速度ベクトル(青のベクトル)の向きの変化による加速度に対応する。
つまり、慣性系での真の加速度 dV/dt は回転系での
コリオリの加速度 2ω×V’ (向きはベクトルV’ に垂直) と
向心加速度 ω×(ω×r’) (向きはベクトルr’ と逆の向き)
の和となる。
だから、今の場合、この真の加速度に逆らう慣性力(慣性抗力 or 慣性抵抗)として
コリオリの力 −2mω×V’ (向きはベクトルV’ に垂直で、V’が−ω微小回転変化する向き)と
遠心力 −mω×(ω×r’) (向きはベクトルr’ と同じ)
が生じている。
ホームズ: コリオリの力は「みかけの力」ではなく、慣性力(真の力)なんですね。
ワトソン: 今の場合は、そうだ。
それは、ホームズ君の”角速度一定の回転円盤に固定されたレール上で物体が等速で動く”と云う最初の設定のためだ。(図7)
レールから外れないようにする強制力(外力)が横向きに、コリオリの力に対抗して働いている。
また等速で動くために、は、加速しないように、遠心力とつり合う外力がやはり働いているからだよ。
最初の問題設定によっては、そうとは、言えない。
見かけのコリオリ加速度は上の場合と、向きは逆になる。コリオリの力の同じだがね。
みかけの力の場合は後で述べよう。
また、いくら微小領域をとっても、遠心力が現れる。
これは、図10の赤紫の横流れの線が湾曲していることによる。
それに加えて、図8のO’点が本当の回転中心Oの回りを円運動しているので、より大きな遠心力が働いている。 この遠心力に小領域での今の補正項が加わったのが全体の遠心力となる。
(遠心力はベクトル r に比例するので、ベクトルの和になる。
図11(b)参照)
それから、コリオリの力は、ホームズ君の云う通り、微小領域の運動を微小領域を回転させない移動(並進)と微小領域のひね回転の合成だと考えると、この力は微小領域のひねり回転のみから由来していることが、分かる。
(並進が円を描いて移動する影響は、上の図11(b)の説明のOを中心とする遠心力として現れる。)
ホームズ: なるほど。 ・・しかし、難しいですね。
ワトソン: 解説書によっては、機械的に座標変換によって、回転する座標系(x’y’、z’)での式として導くやり方もあるが、前の 「回転系(加速度系)と云う罠」 で述べたような”トリック”に、はまる心配がある。 その点、難しいかも知れないが、ベクトルの関係として捉える上述のやり方のほうが、式変形の見通しが効き、より安全だ。
見かけ力としてのコリオリの力
ワトソン: それじゃ、最後に、みかけの力としてのコリオリ力について述べよう。
ホームズ君。 みかけの力の定義を復習してくれないか。
ホームズ: えーと、慣性の法則に従って運動している物体を、加速度運動する観測者から眺めた場合、観測者が物体の運動を解釈するために仮定する、”みかけの力” ですね。
ワトソン: そうだね。
今の場合、角速度 ω で回転する観測者が、速度 V で等速直線運動している物体を眺めた場合の図が、
図10(b)だ。
物体は静止系から見て、赤の矢印のように運動しているのだが、回転する観測者から見ると、物体は回転について行けず、取り残されて運動するように見える。青の速度ベクトル以外に赤紫で示した”横流れ”の速度ベクトルの合成が、”みかけの速度”だ。
ホームズ: 全く前の図10と同じですね。
ワトソン: 但し、運動の向きが逆だ。 即ち、”みかけのコリオリ加速度”は前に述べたコリオリ加速度と大きさは同じだが、向きは逆だ。 ただし、”コリオリの力”の方はどちらも同じ向きだ。
なぜなら、前者は慣性力であり、真の加速度 a と逆向きに −ma であり、みかけの力の方は、みかけの加速度 a' と同じ向きの ma' だからだ。
ホームズ: なるほどね。....
しかし、遠心力の方はどうなったんでしょう? 先ほどの話では、自由運動する物体を回転系から見ると、コリオリの力と遠心力が混在するんでしたね。
ワトソン: よく気が付いた。その通りだ。 では、上の説明のどこが間違っていたのかな。ホームズ君。
ホームズ: えーと。.. 図10(b)の破線の”見かけの物体の運動”は間違いではないから、・・・・
あっ、先生、コリオリの力は”見かけの速度に垂直”だったですね。
ワトソン : その通りだ。
ホームズ: ”見かけの速度”は図10(b)の破線の接線方向で、”見かけの加速度”は赤紫の方向だから、垂直ではありませんね。
ワトソン : そうだ。 コリオリの力の定義は”見かけの速度”に垂直だから、赤紫の向きの”見かけの加速度”を生じさせるには、動径方向(外向き)への別の力をプラスする必要がある。この力を”見かけの遠心力”と呼ぶわけだ。
しかし、この図から、それぞれ分離して計算するのは、難しい。
ホームズ: まさに、”2種の見かけの力が混在する”のですね。
ワトソン: だから、自由運動では”見かけのコリオリの力”だけを分離すること自体、不自然なんだよ。
その点、以前に述べた (図7の回転円盤に固定したレール上を等速で運動する例の)ように、”本物の慣性力”としての”コリオリの力”だと、分離して議論し易い。
ホームズ: なるほど、よく分かりました。
フーコーの振り子
ワトソン: それじゃ、第Vの質問に移ろうか。
フーコーの振り子の振動面の回転についてだったね。
ホームズ: 北極にフーコーの振り子を設置すれば、振り子の振動面は動かないで、地球は24時間で1回転しますから、振動面は角度2π回転したように見えます。
これは分かるのですが、緯度θに置くとなぜ、回転角が 2πsinθ になるのかが分かりません。
ワトソン: これは、みかけの力の問題だ。つまり実際には力として、コリオリ力は働いていないのだから、力学の問題ではない。 幾何学の問題だ。 接平面の接続の問題と考えた方がよい。
ホームズ: どう云うことですか。
ワトソン: 先ほどホームズ君の云った北極で振らせた場合、振り子の振動方向は変わらず、地球の方が回転するので、みかけ上、振り子の振動方向が回転するように見える訳だ。
ホームズ: そうです。
ワトソン: 中緯度でも、振り子はその振動の方向を保とうとする。
図12のように、地球が回転すると、振動方向を保とうとするが、接平面が異なるので、振動方向を平行に保って移動することはできない。(どうしても斜めにずれてしまう。)
この「隣接する接平面間で如何に平行関係を構築するが問題となる。(この関連づけを幾何学では「接続」と云いう。)
一般に接続は隣接する接平面をどの経路で結ぶかに依存するが、今の場合は接平面(地表面)が自転で移動する緯線がその経路である。
この場合の最も素直な接続法(平行関係の決め方)は図12(b)に示したように、平行移動したのち、2つの接平面の交線(南北の経線になる)で折り曲げることで実現する方法だろう。
ホームズ: 接続の話は一般相対論で聞いたことがありますが。・・・・・ 今云われた方法がなぜ”最も素直な接続法”と言えるのですか。
ワトソン: フーコーの振り子という長いピアノ線で吊した振り子の問題を考えているのだが、この操作は、図12(c)で示したように、振り子を吊している天井の支点が自転で移動することに対応しており、最も自然な接続法と言えるだろう。
ホームズ: えーとー・・・うん、なるほど、そうですね。
ワトソン: そこでだ、ホームズ君。このように接続した接平面は1つの平面に展開できることが分かるかね。
ホームズ: 展開?
ワトソン: たとえば、折り紙で作ったものを、折り目を広げて、元の1枚の紙に戻すことだ。
図13(a)の左は各接平面をつなぎ合わせた図だが、これを赤線のところで切って、平面上に広げたものが右の図だ。
ホームズ: 確かに、展開できます。
ワトソン: 図12(b)の方法で各接平面間の平行接続を定義することは、この展開図の平面上での通常の平行移動を平行の定義とすることと同じだ。
ホームズ: そうか、図13(a)の展開図の線分AとBは平行だから、それを元の接平面に戻したものも平行と言えるわけか。
ワトソン: そうだよ、この接平面の分割を非常に細かくすれば、どうなるかな。
ホームズ: その緯度で接する円錐になります。
ワトソン: フーコーの振り子の緯度をθとすれば、図13(b)のようになる。
これも、平面上に展開できて、図14のような扇形になる。
この展開図において平行な線分は、元の円錐表面(緯度θでの接平面)でも平行だ。
つまり、フーコーの振り子の不変な振動方向に対応する。 図上の赤線がそれだ。
図14の扇形の中心の角は図から 2πsinθ だから、・・・
ホームズ: なるほど、24時間で振り子の振動方向は同じ角 2πsinθ 回転するわけですね。
ワトソン: その通り。
ホームズ: なるほど、よく分かりました。
先生が最初に云われた様に、これは力学の問題ではなく、幾何学の問題なんですね。
ワトソン: そうだよ。繰り返すが、この場合、コリオリの力はみかけの力で、実際の力は働いていないからね。
ホームズ: 最後にお聞きしたいのですが、地球は完全な球体ではなく、赤道方向に膨らんだ回転楕円体と云われています。 その場合の補正は?
ワトソン: その心配はいらない。地球上の緯度は地球の中心からの角度ではなく、君も知っているように、北極星(天の北極)の高度で測定されるから(図15)、
つまり地面の傾きを調べているので、全く問題ない。地球中心がどの方向にあるのか、誰も見たことないので知らないよ。昔からね。ハハハ。
ホームズ: なるほど、よく分かりました。これで、ずーと疑問に思っていたことが、解決しました。丁寧に解説していただき有り難うございました。
・・きょうの話を聞いて、なんだか、先生の話は本当の様な気がしてきました。・・
ワトソン: えっ、今まで、わしが2回にわたってした話を信用していなかったのかい。
ホームズ: すいません。・・・
ワトソン: うーん・・・だが、正直でよい。
人の話をそのまま鵜呑みにするのは、良くない。何でも、自分の頭で一から考えるのが、大事だ。
わしは、ずーっとそうしてきた。 すると、時間はかかるが、真実が見えてくるよ。
大切なことは、少年の心を大事にする。正しいか、そうでないか見極める”臭覚”を大事にする。
つまり”分かったようで、分からないこと”は、やはり”分からない事”として心の奥にしまっておいて、それに拘泥せず先に進んでいくと良い。そのうち心の奥のたくさんの”分からない事”が自然発酵して、分かるようになるはずだという自信だけは失わずにね。・・・
では、また。ホームズ君。
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